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北風の週末

昨夜から強い北風が吹きすさぶ。
 黒い雲の切れ間から雪が飛んでくる。
 気温は摂氏四度、風速が強くなると体感温度は急激に下がるので野外の仕事は辛い。
 先週、定植したネギと玉ネギも風に揺られて瀕死状態である。もう一度苗を買ってこなければならない。
 貴重な週末に畑仕事ができないのは悔しいけれどこの強風では成す術もない。
 
 屋内の作業に変更する。
 芽だししたペチュニアの苗をジフィーセブンに移植、花弁の赤レッドが二百個、花芯が白いピンクモーンが百個、インパチエンスが五十個できた。
 種を蒔いたのは四月十四日、本葉が揃うまで約二十日、やっと最初の移植ができるようになった。
 これからひと月ほどで培養土のポットに再移植、その後六月には露地にトンネルの下で開花直前まで育てる。
 七月の上旬、プランターに移すまでまだ三工程の作業が待っている。

 どの工程でも一番の大敵は「風」、寒さには耐えても風にはからっきし弱いのが一年草の特徴だ。
 それでも住宅の縁に並ぶ鮮やかな原色の花は、育苗の苦労が吹き飛ぶから止められない。
 

 

初夏の寒気団

大きな寒気団が南下してきて不安定な空模様である。
 一昨日の夕方には稲妻が轟き、雨脚は真夏の夕立に似て地面に叩きつける勢いがあった。
 ぶつりと電灯が消え、暗闇に光るカミナリが部屋を照らした。
 
 夜の搾乳時間中である。ミルカーも動かないはずだ。
 バルク乳の冷却も止まってしまう。
 現代の酪農経営は、多くの作業が電気に依存しているので停電は時間が止まったような空白帯を生む。
 
 深夜まで通電しない地域もあったという。
 それから搾乳を再開し終えたのは多分夜明けになっていたのだ思う。
翌日からはなにごともなかったように毎日の作業が続けられる。
 酪農家は投げ出さない。逃げたりしない。真っ向勝負の職業だ。
 だからここまで発展してきた。
 牛歩のあゆみはのろいけれども後ずさりはしない。
 
 酪農を支える仕事は、だからやりがいがある。
 
 
 
 

四月の雨があるから

この連休で晴れたらやりたい仕事があった。
 住宅の屋根の塗装である。
 切り妻のゆるい屋根勾配は冬の降雪をまともに溜める。
 塗装が新しいと湿った雪でも滑り落ちてくれるのでツララも下がらず屋根も傷まないが、三年も経つと暖気が来ない限りは屋根に降り積もった雪は春まで残る。

 先ず剥がれたペンキをそぎ落とすのに一日、晴れを見越して塗装を終えたのが昨日の休日。
 高所作業なのでセルフビレーを張る。岩登り用のハーネスをつけてロープを結びつける。
 ゆるい勾配とはいえ高度感はある。岩登りと同じ感覚である。
 滑らないように両足に重心をかけバランスをとりながら刷毛を動かしていく。中腰での作業は腰が痛い。
 風も強くなってきた夕方にやっと作業を終える。

 ロイヤルブルーの輝く青色がまぶしい。
 輝く五月、四月の雨がもたらした季節のめぐみ。
 
 “March wninds and April showers
  Bring forth May flowers” 「マザーグースの唄」
    

 
 
 

鼎(かなえ)という言葉

 先週、北大農学部主催の時計台サロンが、あの演舞場時計台で行われた。
 「農学の開祖・新渡戸稲造ならTPP(環太平洋連携協定)をどう見るか」と題して三島徳三名誉教授が講演。
 学内に配布されたレジュメが入手できたのでそのサマリーを紹介したいと思う。

 新渡戸稲造は、あの五千円札の肖像となった人である。
 札幌農学校の二期生で「農業本論」を著し、貴農説で農業の重要性と商工業との調和を説いた。
 「われ太平洋のかけ橋たらん」とした新渡戸は国際平和主義者であるとともに武士道を重んじた愛国者でもあった。
 1920年のベルサイユ条約によって創設された国際連盟事務次長として
平和共存に尽力した後、1933(昭8)カナダで死去。享年72歳。

 新渡戸は、百年後の食糧危機と農業の価値を予見していた。
 農は亀、商工は鶴に類す、として両者は相俟って、始めて完全な経済の発展を見るのであり、その結果、理想国家の隆盛を来すと論じた。
 「農商工鼎立論」で「農あるが故に、工も又、功利を作すを得て、天下の民を致す。この三者は国家長久の鼎(かなえ)の三足たること、いよいよ確かなりと云うべし。」

 三つの足が支えて立つ「鼎(かなえ)」という器に例えた新渡戸の言葉が今よみがえる。

 三島教授は、パロデイで新渡戸稲造から野田首相への提言をしている。
 「グローバリズムとインターナショナリズムは違うノダ。前者は多国籍企業の利益のために開国し、商品と資本の自由な移動をめざすもの、後者は国際平和と繁栄をめざし、世界の国々と諸国民が協調するノダ。アメリカの要求に唯諾々と従うだけでは一国の首相は務まらないノダ。農の力とナショナリズム、これを軽く見てはいけないよ。」

 この連休に野田首相は訪米を予定している。
 農商工の鼎立によって立つナショナリズムを引っ提げてグローバリズム自由主義の欠陥を主張できるか?

 ■「農学の開祖・新渡戸稲造ならTPPをどう見るか」三島徳三
  2012年4月17日 時計台サロン 

 
 
 
 
 

初夏の家呑み

 暖かい一日となった。
 朝から住宅の廻りに吹き溜まった硬い雪を崩しスコップを振るっているうちに汗が噴き出してきて、寒暖計を覗くと十五度まで上がっている。
 今年の最高温度となった。
 半年ぶりに布団を干すことにする。
 今夜はふかふかの敷布団だ。
 
 早めにランを済ませ、風呂に入り冷えたビールをグビーッとやりたいところだが、夕方から本会事務局団体の総会があるためランだけであとはお預け。
 明日はマラソン大会コースのゴミ拾い。
 その後は宴会に突入予定だから、「ひとり家飲み」は来週までのお楽しみとなる。

 来週は気温がもっと上がるらしい。
 どんなに暑くなっても苦にしない。
 冷えたビールの効能が増すだけだ。
 
 夏の「ひとり家飲み」のメニューを考える季節がやってきた。

 ■「ひとり家飲み通い呑み」久住昌之著 日本文芸社 2012年4月刊
 ■「酒のほそ道」ラズウェル細木著 日本文芸社 2010年刊

  

食の神様

 焼き飯が一皿で八円、白いご飯が十五円、それに骨付きの鶏肉とマトンも十円程度だから一食三十円もあれば満腹になる屋台がある。
 箸はない。この国の習慣で右手の指を使って口に運ぶ。
 親指、人差し指、中指それに薬指を動員してほおばる。
 インデイカ米だからポロポロとこぼれおちてしまうのは仕方ない。
 
 世界の最貧国、バングラデシュの首都ダッカにある駅前屋台の食堂。
 作家、辺見庸は薄暮のダッカ駅周辺をさまよい歩いていた。
 空腹を覚えて、目に入った屋台で大皿に盛られた焼き飯に食欲をそそられ焼き飯(ビラニ)を四タカ(十二円)で注文する。

 冷えていても嚙むほどに甘くなり米の味はどこも同じ、空腹を満たすには十分なものだった。
 骨付き肉もかじりつく。

 すると突然「ストップ。」という叫び。
 「それは、食べ残し、残飯なんだよ。」と続く。
 うっとうなって皿を放り出すと、その皿を少年が奪い取って行く。
 
 ダッカでは残飯が食料として売られている。
 我が国ではコンビニの賞味期限が切れる弁当は捨てられている。
  残飯に頼らざるを得ない人々、大量に輸入して飽食の末に捨てる「美しい日本」の「私」。
 いつか、この立場が逆転することにはならぬか?
 「食の神様」はじっと見ている。

 ■「もの食う人びと」 辺見庸著 共同通信社 1994年刊

 
 
 

おじさんの逆襲

同じ職域のおじさんたちが打ち合わせを口実に酒を囲む機会がある。打ち合わせの趣旨はみなさん良くご存じのはずで、時折ポイントを抑えた意見は出るものの、すかさず横道にずれたサブいジョークが空気を凍らせる。
 閑話休題。
 おじさん(年長さん)の権威で話題を強引におじさんモードに変えてしまう。おやじの話はどこに行っても昔の話だ。
 そうだよ、郷愁の昭和しかないよね。
 
 講習会で受講者の眠気予防のためにスライドのトップ画面に吉永小百合をアップしたおじさん講師がいた。
 その前日、酒の席で清楚な美人女優は誰か、というバカげた話題で盛り上がって、その講師は吉永小百合と壇れいしかいないでしょうとのたもうた。
 私は壇レイなる女優など知らない。
 明日の講習スライドで公開しなさいよ、ということになって当日の冒頭のご開陳となったわけだ。
 会場は、講演テーマと全く脈絡のない吉永小百合の画面に茫然。

 それってまずくネ、っていうか勘違いじゃネ。そこまで媚びなくてもいいじゃん。

 おやじはおやじの道を、若者に煙たがられながらも我が道を行こうじゃありませんか。
 ちなみに、年長おやじ(私)の清楚な美人女優は文句なく「栗原小巻」。
 栗原小巻を語ると、青春ほろにが日記となってしまうので後日ということで。

 

辺境から見れば

 トウモロコシの粒を粉にして平たく引き伸ばして焼くとトルテイージャ、薄焼きパンとなる。
 メキシコではこのトルテイージャにビーフやチキン、野菜にサルサソースを加えて包み込むタコスが有名だ。
 トウモロコシの原産地でもあるメキシコには黄色の品種はもとより黒、白など、たくさんの品種が栽培されている。

 ところが最近、アメリカからの輸入が増えて農家が大打撃を受けているというのだ。
 1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)によってトウモロコシ、大豆、砂糖、粉ミルク等の農産品に対する輸入規制が撤廃され、それらの輸入が大幅に増えた。
 アメリカから安いトウモロコシ輸入が3倍以上になりメキシコのトウモロコシ農家は廃業せざるを得なくなった。
 
 2003年、ユカタン半島の先カリブ海に面するカンクンでWTOの閣僚会議が開かれたが、メキソコの農民はその会場に押し寄せ自由貿易反対を訴えた。
 自国の輸出用作物は補助金を出し、メキシコの政府には補助金禁止を押し付けという理不尽な要求をアメリカはする。
 これに対してメキシコの農民はNOと突き付けた。
 農民だけでなく途上国も押しかけた。
 これでWTOは流会となり、その後貿易交渉は二国間の交渉ごとになっていった。
 
 メキシコと同じ轍を踏み出そうとしている日本。
 主食のトウモロコシを輸入GM品に頼るメキシコ、米の自給を放棄しようとする我が国の政治は世界の食糧事情をどうみているのか。
 
 世界の辺境で起きていることだからと言って見くびってはいけない。学びとる眼力とNOと云える胆力が必要なのである。

 ■「辺境を旅ゆけば日本が見えた」伊藤千尋著 新日本出版社
                       2012年3月刊 
 
 

雪解けとともに蘇る記憶

 四月になると雪解けもすすみ、陽当たりの良いところでは蕗の薹も芽吹いてくるようになる。
 この季節をどれほど待ち望んだことか。
 あの吹きすさぶ北風に背をまるめなくても済む。
 澱粉をかき混ぜるような キュツキユッツと雪を踏みしめる厳寒の朝の音も、もう聴くことはできない。
 長く伸びたつららをポキンと折って、手袋に粘りついた氷をかじって舌に張り付いたことも遥か昔のことであはあるけれども、つい昨日のことのようにに思い出される。
 その冬が終わる。

 だが、希望だけが芽生えるのではない。
 雪に閉じ込められていた悔いも、忌まわしい記憶も雪解けとともに蘇ってくる残酷な四月でもあるのだ。

 「 四月は残酷極まる月だ
  リラの花を死んだ土から生み出し
  追憶に欲情をかきかきまぜたり
  春の雨で鈍重な草根をふるい起こすのだ。
  冬は人を温かくかくまってくれた。
  地面を雪で忘却の中に被い
  ひからびた球根で短い生命を養い。」

  T.Sエリオット「荒地」西脇順三郎訳

 

 
 
  

味噌は新しいほうが良い

 春の淡雪とは云えない大雪になっている。
 すでに松の枝が雪の重さに耐えきれずべっとりと垂れ下がっている。
 列島を縦断するように春の低気圧が勢いを増して北上しているから、春の嵐の本番は明日になりそうだ。
 荒れる予報が出るといつもより多めに薪を運んでおく。
 まだ暖房は冬並みに必要だ。

 薪ストーブの天板の熱を生かして、この時期になると我が家では味噌づくりを始める。
  味噌づくりは農作業の始まる前にとりかかるのが昭和の農村風景だった。
 もちろん、大豆は昨秋に収穫した自家産である。
 大豆は一昼夜、水につけておく。とろ火で柔らかく炊くことがコツだ。
 薪の熱が大豆を柔らかくしてくれる。
 親指と薬指ではさんでつぶれる程度の柔らかさが良いとされている。大豆が煮えると煮汁をきって、冷やしてから豆を臼に入れて突く。
 我が家ではミンチ器ですり潰す。
 大豆三升、こうじ三升、塩一升の割合で混ぜ合わせる。
 塩分はなるべく少なくするのが我が家の流儀だ。
 ほうろうの容器に詰めて軽く重しをして物置で一年寝かしておく。
 三年味噌が良いとされているが、大豆の栄養分が損なわれるし、塩が少ないので一年で食べ始める。長く保存すると傷む量も多くなりやすい。
 
 味噌の諺には二通りの言い伝えがある。
「女房と畳と味噌は新しい方が良い。」の一方で「女房と味噌は古い方が良い。」とも云われる。
 我が家では、女房については評価せずとし、畳と味噌は文句なく新しいのがいいよね、ということになっている。
 

 
 

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