瑞穂が外に出ると丁度、鈴々が偵察から戻ってきたところだった
愛紗と一刀は集まった村人の前に陣取っていた
鈴々「あ、お姉ちゃん、姉者。黄巾党の奴らを見つけたのだ」
愛紗「でかしたぞ、鈴々。それで場所は?」
鈴々「うん、この街から西から一里くらい先に陣を張ってた」
瑞穂「人数はわかりましたか?」
鈴々「村の人が言ってたとおり、四千人くらいだと思うよ」
愛紗「うむ、村の衆よ。聞いての通りだ。敵の数は多いが、こちらには天が味方にいる。恐れることはない!」
愛紗が村人を鼓舞する
これから戦うことでもしかすると死んでしまうかも知れない
そんな屈してしまいそうな負の感情を村人達は大声を上げて払拭する
瑞穂「さて、この戦いうまく勝てるように立ち回らないと・・・」
WOAスピンオフ作品
『恋姫†無双 〜乙女絢爛☆新たなる風が吹き込む三国志演義〜 もう一人の御使い様』
第三話 盗賊撃退→一時休息
愛紗「ご主人様、皆に出陣のお言葉をいただけますか?」
一刀「俺が?」
瑞穂「そうね、天の御遣いであるあなたの言葉なら、村人達をさらに奮起させることが出来るでしょう?」
一刀「でもなぁ・・・」
瑞穂「難しい言葉じゃなくて良いのよ。戦いになれない人たちに少しでもいいから勇気を出るように、あなたの言葉で、あなたの考えを述べなさい。それだけで十分だから」
一刀は難しい顔をして、少しの間考えた
成り行きとはいえ、天の御遣いという役をやると言ってしまった以上
いつまでも、逃げているわけにはいかない
同じ時代から来た、自分よりも少し年上に見える女性、瑞穂
その人の言うとおり、今自分の出来ることを自分の言葉でやることにした
一刀「俺たちはこれから、黄巾党と戦う。俺も、さっき経験したんだけど、戦うことはすごく怖い。でも、みんなはこの街を、家族を、友達を、恋人を、大切な人たちを守る。そう考えれば、戦っている間は怖さを忘れられると思う」
出陣の言葉にしてはあまりに威厳のない言葉
だが、この言葉だからこそ、民衆には響く
自分達を思う言葉は何よりも伝わる
一刀「みんな、頑張ろう。黄巾党に勝って、生きて帰ってくるんだ。そして、この街をもとの姿にもどそう!」
一瞬の静寂の後
村人達「────────!!」
大地を響かせるとはいかないが、それでも、瑞穂や愛紗、鈴々。そして一刀の心には確実に響いた
瑞穂「よし、心が一致した。一刀くん、良い仕事よ」
一刀「あれで、よかったのか?」
愛紗「ええ、ご主人様の言葉で皆が奮起しました。無論、私たちも」
鈴々「これで、黄巾党の奴らなんかに負けないのだ!」
瑞穂「それじゃ、出陣するわよ。各部隊を三分割して愛紗ちゃんは右翼、鈴々ちゃんは左翼の指揮を」
愛紗&鈴々「御意!」
瑞穂「私と一刀くんは後衛に回り、それぞれ状況に応じて指示を出します」
愛紗「瑞穂殿、一人で大丈夫か?」
瑞穂「はい、私も少々心得がありますので一刀・・・いえ、ご主人様を守るくらいはできますとも」
愛紗「うむ、それでは任せました。ですが、何かあったらすぐにお呼びください。私が鈴々、どちらかがすぐに参ります」
瑞穂「はい、それでは、左翼、右翼すこし間を開けて出陣、黄巾党を発見後、足並みをそろえて挟撃します。時機の合図は私が出します!」
愛紗「心得た、では、右翼参る!」
鈴々「左翼、行くのだー!」
一刀「うお・・・」
ぶるると体を震わす一刀
無理もない、これから起きるのは、本当の戦
当然、人が死ぬ
瑞穂達の時代で普通に生活していれば滅多に起こることのないことである
瑞穂「一刀くん、気をしっかり持ちなさい。これからおそらく私たちは何度も戦を経験することになる。辛いけど目をそらさずに人の命の取り合いを見ておきなさい。その辛さを知っておくことであなたは強くなれるはずだから」
一刀「ああ、分かってる。自分で天の御遣いになるって決めたんだ。その責任は取るさ」
瑞穂「うん、良い答えね。さぁ、私たち後衛も行くわよ!」
おお!という雄叫びと共に愛紗達より少し遅れて出陣した
半ば急襲と言った形で黄巾党を攻撃する形となった
行軍中に愛紗達が村人達に二対一で敵と戦うように指南したおかげで
みるみる、黄巾党の兵が少なくなっていく
だが、瑞穂は何か嫌な予感がしていた
瑞穂「急襲の上に挟撃。さらにはあの天下の武将、関羽と張飛が居るというのに何故こんなに不安なのかしら」
様々な経験を積んできた瑞穂
それは、戦場の感と言ったものであろう
そして、その不安は現実となる
村人「雪村様! 街の反対側に敵が現れました!」
瑞穂「なんですって?」
村人の話のよると、今居る反対側に、黄巾党と思われる部隊が現れ
街を襲っているというのだ
先程、鈴々が偵察した際にはそのような報告は無かった
見落としたというのも考えられない
しかし、もう一押しすればこちら側の方は決着がつく
それ故に、要の愛紗や鈴々をここから離れさせるわけにはいかない
瑞穂「仕方ない、一刀くん。ここは任せます。敵兵殲滅後、すぐさま愛紗ちゃん、鈴々ちゃんに現状を報告。こちらに援軍を回してください。それまでは私が食い止めます」
一刀「そんな、危険すぎる」
瑞穂「そうも言ってられない状況よ。とりあえずは位置的に近い私が数名の村人を連れて迎撃に向かいます。一刀くん、頼んだわよ!」
そう言い残すと、十数名の村人を引き連れて瑞穂は迎撃に向かった
数分後、街の中央を突き抜けて、反対側につくとすでに黄巾党の軍勢が家や店を破壊していた
瑞穂「やめなさい!」
瑞穂の声を聞き、盗賊達が集まってくる
口々になんだぁ?とか、おお、いい女じゃねぇかとか卑下た言葉を並べてくる
瑞穂「忠告と機会を与えましょう。このまま去れば追うことはありません。しかし、少しでも抵抗を見せるならばここであなた達を潰します」
一息の静寂の後、盗賊達は一斉に笑い出した
瑞穂「まぁ、信じられませんか・・・で、どうなんですか?」
盗賊「そんな話聞くわけにはいかねぇな。見てみろ、お前の方は10人かそこらだ。こっちはほれ」
リーダー格のような男が合図をすると、わらわらと盗賊達が集まってくる
その数・・・
瑞穂「ふむ、100前後と言ったところですね」
盗賊「そういうことだ。そういうわけで姉ちゃん、俺たちと一緒に来てもらおうか?」
盗賊の一人が瑞穂の腕を掴み引っ張ろうとする
が
瞬時、その盗賊は宙を舞い地面にたたきつけられた
盗賊「てめぇ!」
瑞穂「言ったはずです、少しでも抵抗するならば潰すと」
盗賊「女だからって甘く見りゃいい気になりやがって」
瑞穂「仕方ありませんね、皆さんは後ろに下がってください。ここは私が」
瑞穂は村人を少し下がらせようとする
しかし、さすがに村人達も女性一人に戦わせるわけにもいかず
自分たちもと食い下がるが
瑞穂は、大丈夫だと村人達を制する
瑞穂「大丈夫ですから・・・」
瑞穂は腰に差していた短刀二本を引き抜く
その瞬間、瑞穂の周りの空気が一変する
武のある者が見れば分かるだろう、瑞穂が纏ったそれは闘気
卓越した武を持つ者だけが発することの出来る気
盗賊「う・・・何ビビってんだ、かまわねぇ、やっちまえ!」
盗賊といえどもそれなりに実力があるためなまじ瑞穂の闘気を感じ取ってしまっていた
一度気圧されるものの、去勢を奮い瑞穂に斬りかかってくる
迷いのある太刀筋は瑞穂に届くことがなかった
すべて紙一重どころか人一人分間を空けて回避している
最初は一人ずつ斬りかかってきたのだが、一向に当たる気配が無いので
今度は、四方から取り囲み一斉に襲いかかってきた
瑞穂は四方から襲いかかる敵を引きつけた後
くるりと回転した
悲鳴も上げることなく倒れていく四人の盗賊
味方の村人はおろか、敵の黄巾党の連中も今、何が起きたのか理解できなかった
敵があっけにとられ、身動きがとれなくなっている所に瑞穂は次々と盗賊達に刃を返した短刀を逆手に持ち
峰打ちをたたき込んでいく
ものの数分で100は居たであろう盗賊達がすでに10分の一ほどになっていた
瑞穂「一応、峰打ちで命を奪うことはしていないけど、これ以上抵抗するのならば、命の保証は出来ないわよ・・・」
瑞穂は短刀を再び返し、刃を相手に向ける
つまり、これよりは相手を殺傷すると宣言しているのだ
瑞穂「相手の力を知ってなお向かってくる。一縷の望みも無いのに向かってくるは無謀よ。退却も勇気が必要であることを知りなさい!分かったのなら今すぐ倒れている仲間を連れてここから立ち去りなさい!!」
瑞穂の一喝を受け、盗賊達は倒れている仲間を引きづりながら退却していった
しかし、数が数だけに全員が退却できるわけもなく数名はそこに取り残されていった
瑞穂「仕方ないわね。怪我人を収容します。怪我の処置を行い、その後然るべき処分を行います。皆さん、それで文句はありませんね?」
本来であれば、自分たちの村を襲ってきた者を助ける気にはなれなかったであろう村人達を
瑞穂は処分という言葉を使って納得させた
大方の怪我人の手当が済んだのを確認した後
瑞穂は急いで一刀の元へと急いで戻ろうとしたところ
鈴々「お姉ちゃーん!」
愛紗「瑞穂殿ー!」
鈴々に愛紗、それと一刀の三人が村人と共に戻ってきていた
瑞穂「そちらは終わったのですね?」
愛紗「はい、多少被害は出ましたが無事黄巾党の迎撃に成功しました。それよりもそちらは大丈夫でしたか?」
瑞穂「ええ、問題ありませんでしたよ。まぁ、敵さん側の怪我をした何人かが置き去りにされていましたので手当をしておきましたが」
愛紗「敵に慈悲を与えたのですか?」
瑞穂「敵とはいえ、人間。怪我をして戦闘は不能。さらには味方に呆気なく見捨てられた。そんな人を放っては置けないんです。もし、この人達がまたよからぬ事をするならばその時は私が、この人達の首を刎ねます」
敵を助けるとは同時に自分たちに少なからずリスクを背負い込むことになる
だが、瑞穂は苦しんでいる人を放っておけないのだ
助けて回復した後裏切られるかも知れない
それでも、瑞穂は目の届く人たちを救ってやりたいと思っているのだ
瑞穂の覚悟を感じた愛紗は納得してくれた
そんなやりとりを見ていた村人達も同じだった
愛紗「ところで瑞穂殿」
改まって愛紗が瑞穂に話を切り出した
黄巾党との戦が終わり
街に戻ると村人たちが一刀達にお願い事をされたのだという
愛紗「一刀殿にこの街の県令になってほしいのだそうです」
県令
平たく言えば街の支配者
本来であれば朝廷に任命された者が租税を集めたり、徴兵や軍備を整えたりする
もともとこの街にも県令はいた
だが、黄巾党の襲撃に乗じて逃げ出してしまったらしい
村人はそんな県令に見切りを付けた
朝廷なんかに頼らず、自分たちでこの街を守るのだと
だが、自分たちにはこの街を治めることは出来ない
ならば、天の遣いである一刀に治めてほしいとの事だった
瑞穂「一つ質問。何故私に相談を?」
愛紗「それは、瑞穂殿も天から来られたお方であり、我等と共にご主人様を支えるお方。瑞穂殿の意見も聞きたく」
瑞穂「そう。あなた達はどうなの?受けるのですか?」
愛紗「私は、なにも反対する理由がありません」
鈴々「うん、だって県令がいないと街を守る軍隊がいなくなっちゃうからまた黄巾党みたいなやつらに襲われちゃうのだ」
瑞穂「一刀くんは?」
一刀「俺は、村人にあそこまで頼まれちゃ、断れないよ」
どうやら、相当村人に頼み込まれたようだった
不安な顔をしているが、目の奥に意志の強さを感じることが出来た
瑞穂「ならば、反対意見はありません。村人さん達の申し出にお答えしても良いかと」
村人「おおっ、そうか。ありがとう!」
瑞穂の言葉を聞いて村人達が一斉に感謝の言葉と喜びの言葉を上げた
瑞穂「さて、一体この先どうなるか。いや、どうなるにせよ、この村人達を守って行かなきゃ」
村人に囲まれる一刀、愛紗、鈴々を後ろから眺めながら瑞穂は一人誰にも聞こえることなく誓った
一刀が県令になってからしばらくはばたばたとしていたが
それもだいぶ落ち着いてきた
瑞穂は自分の仕事を終え、自分の割り当てられた部屋へと戻ろうとしていたところ
挙動不審に廊下を歩いていいる一刀を見つけた
瑞穂「何をしているのかしら・・・」
あちらこちらへと、ウロウロとしている
知らない人が見たら泥棒かなにかと勘違いしそうだった
数分後
「ああああ、ごめん!!!!」
バン!!!
なにやら、非常に大きな音を立てながら一刀が息を荒くして頭を垂れている
よく見るとそこは愛紗の部屋だった
そうすると、瑞穂は察しがついた
一刀「ああ、もう俺の馬鹿・・・」
瑞穂「そうねぇ、どうだった愛紗ちゃんは?」
一刀「ああ、なんて言うかすごくきれいで胸なんかすごく大きくて・・・」
瑞穂「そう、一刀くんは胸が大きい女の子が好きなんだ」
一刀「いや、そういうわけでもないんだが・・・」
瑞穂「じゃあ、小さい子?」
一刀「大きいのは大きいで魅力的だが、小さいのは小さいなりに魅力的であったり・・・ってわあああああああああああああ!!!」
だだだだと急に後ずさる一刀
瑞穂「やっと気づいた。そんなに愛紗ちゃんの素肌は魅力的だったのかしら?」
一刀「どうしてそれを・・・」
瑞穂「女の子の部屋から慌てて飛び出した男の子を見れば大体察しがつくわよ」
はあっと盛大なため息をついてがっくりと一刀はうなだれた
瑞穂「まぁ、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。愛紗ちゃん、そんなに気にしていないみたいよ?」
一刀「へ?」
一刀の後ろに着替えを済ませた愛紗が何の騒ぎかと不思議な顔をして立っている
愛紗「ご主人様、瑞穂殿、一体何事ですか?」
瑞穂「ん?一刀くんが意外と純な子ということ、かしら?」
一刀「ちょっ、瑞穂さん!」
瑞穂「んふふー」
不思議そうな顔をしている愛紗と必死に取り繕おうとしている一刀を尻目に
瑞穂は一人楽しそうだった
「えい! たあっ!!」
瑞穂「ん?庭からかけ声?」
調べ物をしに自室を離れ廊下を渡っていると
間にある庭からかけ声が聞こえてきた
瑞穂「あれは・・・鈴々ちゃんですね」
自分より遙かに長い矛をまるでおもちゃの様に扱っている
風きり音がヒュンヒュン聞こえてくる
その速さは矛の先端が見えないほどだ
瑞穂「さすがは燕人張飛。性は違ってもその実力は変わらずですね」
瑞穂は人差し指を口に当てて一考した後、鈴々の所へ近づいていった
瑞穂「鈴々ちゃん」
鈴々「あ、お姉ちゃん。どうしたのだ?」
瑞穂「うん、鈴々ちゃんはいつもこうやって鍛錬してるのかな?」
鈴々「そうなのだ。いつもやらないといざというときに体が動かないのだ」
瑞穂「そう、じゃあ、私もつきあっても良いかしら?」
え?お姉ちゃんが?
と鈴々は驚いた
鈴々としては相手の実力が分からない故に瑞穂の申し出に躊躇した
勿論そこには、相手を訓練とはいえ怪我をさせてしまうかもしれないという思いもある
そこをまぁまぁと言葉を濁しながら
半ば強引に模擬試合に持ち込んだ
鈴々は矛を構えながらも、未だ乗り気ではなさそうだ
さすがにこれでは瑞穂も動けない
戦いの心構えが出来ていない者とやれば確実に予測できない事故に繋がる
そうなっては、鍛錬にならない
鈴々をその気にさせるため
瑞穂は腰に差していた短刀二本を取り出し
少し、闘気を発する
瑞穂「すぅ・・・・破!」
鈴々「っ!」
気が萎えていた鈴々には十分すぎるほどの闘気を瑞穂は遠慮無くぶつける
闘気に当てられて鈴々は怯んでしまったがすぐに向き直る
今度は、闘気を携えた目をして
瑞穂「鈴々ちゃん、気を抜いていると怪我しますよ?」
その言葉と同時に体を回転させながら右手の短刀で鈴々に斬りかかる
ガキン!
激しく金属がぶつかる音が周りに響く
鈴々「っ! お姉ちゃんなかなかやるのだ。今度はこっちから行くのだ」
自分より長い矛で、いとも簡単に三連撃を繰り出してくる
キン!キン!キン!!
二本の短刀を巧みに操り、鈴々の攻撃を受けかわしていく
それから二人の拮抗した戦いが続き、剣戟は1時間ほど続いた
瑞穂「さてと、鈴々ちゃん、これから私はあなたに斬りかかります。それを受け止めきるか、かわすことが出来たならあなたの勝ちとしましょう」
攻撃の宣言をする
これは、相手に今まで以上の猛攻、或いは必勝の策を用いる事を意味する
つまりは、これが破られれば瑞穂側には手が無くなり敗北となるのだ
鈴々「応なのだ!どこからでもかかってくるのだ!!」
鈴々の心地よい闘気に瑞穂は一度大きく深呼吸する
体の隅々の神経を鋭くさせる
一瞬一秒の変化も見逃さないように
瑞穂「では、参ります!!」
一時間以上も剣戟をしていたとは思えないほどの速度・・・
いや、むしろ先程よりも速く瑞穂は鈴々に飛び込む
飛び込んでくる瑞穂をみて鈴々はすかさず、迎撃態勢を取る
鈴々は、瑞穂の動きを一瞬たりとも見逃さないよう、神経を集中していた
彼女は、戦いともなると常人では考えられないほどの集中力を発揮する
よく、高い集中力を持つ者は、あまりの集中力に神経が鋭くなり
周りの動きが遅く見えたり、雑音が聞こえなくなったりすると言う
彼女の持つ集中力はまさにその領域に達していた
凄まじいほどの速度で飛び込んでくる瑞穂が鈴々には手に取るように見えている
それは、微妙な目線や、指の細やかな動きすらも認識できるほどである
鈴々は、瑞穂の動きに合わせて反撃をたたき込む算段を立てていた
瑞穂の動きは確かに速い。しかし、鈴々にはそれが見えている
反撃は造作も無いことだと鈴々は思ってしまった
しかし、それが鈴々の慢心であった
瑞穂「雪村神剣流、二刀ノ型。濁流剣!」
鈴々との間合いまで後一歩のところで瑞穂の剣技が発動した
鈴々「えっ?」
鈴々は素っ頓狂な声を思わず出してしまった
それもそのはずである
鈴々との間合いまで後一歩のところで瑞穂が分身した
鈴々にはそう見えた
実は、これは鈴々だからこその現象である
鈴々の持つ高い集中力から生まれる高い動体視力が瑞穂が分身したように認識させてしまったのだ
本来の濁流剣は、超高速でランダムの方向から敵にほぼ同時に数度攻撃を与える技である
そのため、敵は瑞穂を認識することなくまるで濁流に飲まれるが如く身動きがとれぬうちに切り刻まれる
武の熟達したものであるならば、この技を目に頼らず、動作時に発する風の流れ等を感じ
攻撃方向を特定し対処できる
鈴々ほどの武の持ち主ならば、上記の対処法をさえ知っていれば濁流剣の対処は出来るであろう
だがしかし、今、鈴々は視覚のみに頼ってしまい、瑞穂が分身したことにより瞬間的にではあるが
動揺してしまった
一瞬の動きの停止は、高次元の戦いにおいて必死に値する
鈴々が気づいたとき、瑞穂の短刀は鈴々の首筋に当てられていた
瑞穂「私の勝ちですね」
鈴々「ん〜〜〜〜!もう一回なのだ!!」
鈴々はよほど悔しかったのだろう
瑞穂に再戦の申し出をするが瑞穂は首を横に振る
鈴々「どうしてなのだ!」
瑞穂「今のままの鈴々ちゃんなら何度やっても私には勝てませんよ。いいですか、戦いにおいて奮起することも大切でしょう。しかし、冷静さを欠いてはいけません。闘気を燃やしつつ、心のどこかでは氷のように冷たく冷静でいる。これさえ出来れば、あらゆる戦いにも負けることはありません。今の鈴々ちゃんに抜けているものはそれです。技術はあるのですから、やらないのは宝の持ち腐れというものですよ」
鈴々は突然なにやら不思議な顔をして瑞穂を見つめている
瑞穂の言っていることがよく分からなかったのもあるのだが
それ以上に今の瑞穂の言葉に非常に強い懐かしさを感じたのだ
鈴々すらも、何故そんな風に感じたのか分からなかった
だが、体は反応してしまった
瑞穂「え?鈴々ちゃん?」
鈴々「あれ?おかしいのだ。え?なんでなのだ?」
鈴々から大粒の涙が落ちていた
瑞穂は慌てた
さほど、きついことを言った覚えも無い
努めてなるべく優しく言ったつもりであった
しかし、なぜ鈴々が泣いているのか皆目見当もつかない
瑞穂の知っている三国志の世界であるならば
これから、数多くの戦いが鈴々を始めまだ見ぬ英雄達に待っている
そんな中でどうか無事に生き残ってほしいと瑞穂は親心から
鈴々に指南をした
と、ここまで考えたときに瑞穂は気づいた
親心
もしや、鈴々はこれに反応したのではないのかと
鈴々の武力の高さに気づかなかったが
彼女はまだ子どもではないか
瑞穂の世界でもこのくらいの子どもはまだまだ親に甘えたいものである
ましてや、鈴々達の世界では生きていくことすら困難なところで
甘えたいときに甘えられない状況
鈴々にはそれが奪われている
何らかの理由で鈴々は親から離れている
その理由は甘えてはいけない理由にはならないはずである
いや、してはいけない
そんなことは不幸である
人々を救うために自分が不幸になる必要など無いのだ
全ての人が平等に幸せになる権利を持っているはずなのだ
鈴々がどのような境遇でここにいて、そして、高い武を身につけねばならなかったのか
それは瑞穂には知るよしもない
だが、相当、辛い過去があると察することは出来る
では、今自分が出来ること
それは
泣きじゃくっている鈴々をそっと抱きしめてあげることだった
何かを言うわけでもなく、ただ優しく瑞穂は抱きしめた
鈴々は、初めは驚いたが、すぐに瑞穂に体を預けた
鈴々「えぐ・・・なんか、お母さんのにおいがするのだ」
瑞穂「えっと、私はまだ子どもを産んだ経験はないのですけれども・・・」
まだ、涙が目にたまっていたが、鈴々は瑞穂にそう言って笑った
それは年相応の笑顔であった
無邪気で可愛い笑顔
瑞穂「やっぱり、護るモノが増えちゃったわねぇ」
瑞穂は澄み渡る空に向かってそうつぶやいた
元の世界にいる人たちも心配だが
こうして、自分を慕ってくれている鈴々達もまた護らねばならない
瑞穂は、自分の目に映る全ての人たちを護りたいと思っている
たとえ、それが自惚れであったとしても
自分の持てる力、全てを使ってでも、護る
それが、雪村瑞穂なのである
瑞穂「さてと、鈴々ちゃん、おなかすかない?」
鈴々「うん、すっごく空いたのだ!」
時間は丁度お昼頃
瑞穂は、鈴々のためにお昼ご飯を作ることにした
厨房に行けば、なにか食材があるはずである
戦いの無いときは、せめて鈴々がずっと笑っていられるような
そんな時間を作ってあげたい
そんなことを考えながら
鈴々と一緒に厨房に向かう
いつの間にか鈴々の方から握ってきた手を繋いで