触らぬ神に祟りなし 作/リングさん

静かな部屋――カーテンが開いた窓のからの風で揺れる音しか聞こえない
外は秋晴れの天気で、どちらかというと寒い類に入る
それでいて暖房を効かせたこの部屋は、だいぶ贅沢な感じがした

――ここはとある屋敷の、そんな一室だった
そして、彼はそこの主であった

「とても暇だ。絶好調に暇だ。突然ペッピーに緊急事態だと呼び出されて急いで行ってみれば『瓶の蓋を開けてくれ』という馬鹿な用件だったし、一発殴って帰ってみれば俺と留守番のリンク以外全員出掛けている。そのリンクも台所の奥の部屋に消えた。今日一日俺は一体何をして過ごせば良いんだ」

特に意味も無い、やけに説明臭い台詞を長々と呟いた

ファルコは昔族に入っていた事もあって静かにしているのは嫌いだった
とにかく、何もせず非生産的なことをしているのは彼は好きではなかった
それならリンクを部屋から連れ出せば良いわけだが――

「……俺にそんな無謀なマネは絶対にできないしな……」

うぅ、と心の中で呻き声を上げた
あの部屋には絶対に近づきたくない
前に一度、カービィが夜中につまみ食いをしようと一度その部屋の中に入ったらしく、馬鹿でかい奇声のような悲鳴を上げたのだ
最初に駆けつけたルイージに聞いた話だと『ドロドロの…甘くない…ジャ…』と意味深な台詞を言って気絶したらしい
それ以来カービィは盗み食いはおろか台所にさえ近づかないようになったのだ
食い物のためなら何でもするであろうあの単細胞生物カービィでさえ台所にすら近づけなくなったという事は、多分普通ではない何かを行っているのだろう
リンクというだけで、あながち嘘のような気もしない

考えただけで悪寒が走った
できれば、いや、絶対にあの中には入りたくない
しかしこのままぼ〜っと一日を過ごすのもどうかと思ったところで

「……そういえば、他の奴らの部屋ってあんまり見たこと無いな」

そうであった
数ヶ月以上も一緒の屋敷に住んでいるのだが、プライバシーの問題とかもあってその部屋の主に呼ばれたとき以外出入りしたことはなかった
つまり、俺はこの屋敷に住んでいながらすべてを把握したわけではない、という事だ
あまりいいと言えるものではない
もし火事が起きた時、脱出経路に奴らの部屋があったらどうする?
一度も踏み入った事の無い世界で、逃げ出せずに焼け死ぬというのがオチだろう
――だいぶ詭弁のような気もするが、つまり、住んでいる所はすべて知っておいたほうが良いということだ
ちょうどリンクは部屋に篭っていて出てこないだろうし、出掛けた連中は夕方まで帰りそうもない
――こっそり、探索でもするか

「へへっ……」

悪戯小僧のような笑い――実際にそうするのだが――をしながらドアを開け、廊下に出た



「……」

最初に目に付いたのが、すぐ隣に在るリンクの部屋
何より一番気になり、それ以上に見るのが恐ろしい部屋
リンクは今此処に居ないといっても屋敷の中には居るわけだ
絶対に見つからないとは言い切れない

「むぅ……」

唸る
死活問題だった
自分が(勝手にだが)やると言った以上、いきなり挫折するわけにもいかない
しかし、もし部屋を拝借しているところをリンクに見つかったりしたら、絶対に俺は殺されるだろう
そう考えると、とても危険なわけだ

「うぅ……」

やはり命は惜しい
此処はやめるか、後回しにしようかという考えが過ぎる

だが、後回しにするほど危険が増すような気がした
リンクはあの部屋に入ったら1時間は出てこないだろうが、そうだとは限らない
もしかしたら早く出てくる可能性もある
そう考えると、此処を早く終わらせてしまえば最悪の事態が起こる確率は限りなく低くなるわけだ

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、レッツポジティブシンキングだ」

二言目は関係無い気がするが、とにかく嫌なものは早く終わらせるのが上策だ
そう思案を巡らせ、俺はパンドラの箱もといリンクの部屋のドアを開けた



「……」

殺風景というわけでもないが、特に何も無い普通の部屋だった
ベッドに本棚、クローゼット、テーブルなど普通の家具
棚には、この屋敷をバックにしたスマブラの集合写真があった

「ふぅ……」

とりあえず初っ端は大丈夫だったので、ほっと胸を撫で下ろす
そして、そのままとりあえず本棚を物色する事にした
本も大きさごとに綺麗に整頓されていて、とても見やすかった
表紙の名前もありきたりの小説や歴史らしかったので安心したが



『おいしい邪無の創り方 水○秋子』

「………」

……これだけはあきらかに異彩を放っていた、いや、マジでドス黒いオーラが出ていた

『おいしい邪無』ってなんだ、創る物なのか?
著者名伏字だしな
というか、こんなところで著作権の心配をしなくても良いと思――

「………!!」

本当に何とも言いがたいその代物はあきらかに怪しかったのだが、俺は何故かその本を手に取っていた

そして俺は、本当にパンドラの箱を開けてしまった――



「……何やってるんですか?」
ビクゥ、と思いっきり身体を震わせる
後ろから聞き覚えのある声が聞こえたからだ
――殺気と共に

「……」

俺は無言だった
実際にはありえないことなのだが、既にそう予想はついていた

『彼』なわけだし

今更どう考えても言い逃れできる状況ではない
諦め半ば、ゆっくりと後ろを向く

「……ファルコさん」

……やはり、リンクだった
普段と変わらない穏やかな笑顔と、ドス黒いオーラをバックに整然と立っていた
その姿が俺には死神のように見えて、

――冷や汗が頬を伝った

「……ちょうど良かったです、今その本を取りに来たところだったんですよ」

俺はあの世界的に有名なバンド『ビートルズ』の名作
今でもなんかのテレビで流れているであろう「HELP!」が聴こえたような気がした
何故神は俺にこのような試練を与えたのだろう

――そう思うと無性に夕日の海に向かって叫びたくなった
生きて帰れるはずのない試練に意味などないだろうがバカヤロウ、と

あぁ、ヘルプミー

「……ファルコさんもついでに来てくれませんか?」

どこがついでなのだろうと思ったが、リンクの後ろに携えてある「マスターソード」が血に飢えていることを悟り、口には出さずそのまま指示に従った

今回ばかりは逃げ出せるわけがない、と腹を括って――









――俺は甘んじてこの試練に身を委ねることにしよう












――生きて帰れる自信はないけど












――今まで本当に楽しかった















――アリガトウ、みんな……!――















――その後、ファルコが玄関先で倒れているのを出掛けていた連中が発見した
仲間(リンクも)の必死の介抱でファルコは数日で意識を取り戻したが、その時既に記憶は消されていたためこの事件は闇に葬られた
奇跡的に生還したファルコだったが、後遺症としてドロドロしたものを見ると「邪無……邪無……!」と呟いて昏倒するように



なったとかなってないとか







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