
第壱話
はじめまして、神様
智也「はぁ…いやいや、麓の人からは聞いてはいたが、また随分と…」
ジリジリと肌を焼くような日差しが天から降り注ぐ
しかし、時より吹く適度な風がながれた汗を冷やしてくれるので
まだ、ましだろう。
今、足にかけている石段は何段目であったか
はじめは一体何段あるのだろうと数えていたが、もうすでに分からなくなってしまった
私の名前は水無月智也
職業は神主と副職に日本史の講師なんというのもやっている
私の家は代々、神主や神官などの神職をやっている
その影響で、私も小さい頃から親に祈祷やら呪術やら教え込まれた
そうこうしているうちに今年の春、大学を卒業し、めでたく、実家を継ぐ事になっていた…が、
大学から開放されたせいか、はたまた刺激のない生活のせいか、暇があれば(なくても)、本を読むなんて自堕落な生活をやっていたら
ついに雷が落ちた。
親からの指示で分家に当たる水裳神社でしばらく修行をしてこい、家を追い出されこの街にやって来た
私としては、刺激のない生活から抜け出せると、内心大喜びだった
私がこれから行く、水裳神社はどうやら、神主不在らしい
神主が居ない神社,、一体どういう事だろうか
色々考えてみたが一向に答えが見つからないのでとりあえず行ってみれば
どうなっているか分かるだろう
ふと後ろを見ると、かなりの高さまで上ってきていた
そして、改めて前を向くと、まだまだ、先は長かった
智也「始まりあれば終わりあり。足を動かせばその内、着くでしょう」
急ぐ用事でもない
むしろ、これからはこの石段を何度も上り下りする事になるだろう
このくらいでへこたれていては先が思いやられる
智也「いや、それにしても本当にここはいいところだ」
つい、そう漏らしてしまうほど、ここは自然に溢れている
柏に山毛欅(ぶな)の木。様々な木々がうっそうと茂っている
麓の街も、今では珍しいほど、緑の色が多い
そうして、周りの景色を眺めながら登っているうちに
いつの間にやら、山頂に経つ鳥居が見えてきた
鳥居の中を通らず、脇を抜けて境内に入る
鳥居の中は神様が通る道とされているので、私たちが通る事はあまり好ましくない
といっても、そのことを知らない人が多いので中を通る人が少なくない
境内の中には淡い水色の着物を着た髪の長い女の子が箒で掃除をしていた
この神社の関係者だろうか
とりあえず、話を聞いてみる事にした
智也「すみません、ここの方ですか?」
女の子「わっ!」
智也「うわっ」
背中越しに声をかけたら、ものすごく驚かれた
あまりにも大きな声で驚かれたものだから
こっちまで驚いてしまった
智也「すみません! 驚かせるつもりはなかったのですが」
女の子「いいのよ、しばらく人なんて来なかったからね」
智也「しばらく?」
女の子の言葉に少し、疑問を抱く
声をかけたら驚かれる位にここにはこの子しか居なかったのか?
女の子「そうねぇ、、ここ10年くらいは誰も来ないかしら?」
智也「10年…。ところで、ここにいるのは君だけなのかな?」
女の子「そうよ」
小さな女の子は満面の笑みを浮かべて首を縦に振った
それにしても、あったときからこの子から不思議な感じがする
なんか、普通の人間には無い独特のオーラみたいなものを感じる
女の子「名前」
智也「はい?」
女の子「だ・か・ら、名前よ」
唐突に聞かれたので、変な声を上げてしまった
戸惑っている私を女の子はじっとこちらを見つめている
智也「ああ、私は水無月智也です。じゃあ、君の名前は?」
女の子「ちとせ」
智也「ええっと、名字は?」
ちとせ「ないわよ?」
ない…
さっきからよく分からない事が連発している
10年は誰も来ない神社に居る名字のない女の子
ん?
まさかとは思うが…
確かめてみた方が早いか
智也「ちょっと失礼」
女の子「ん」
私は、この女の子の手を取った
手に触れた瞬間、ビクッと少し手を引っ込めたが
それから、いやがる様子がないので大丈夫そうだ
私は人差し指と中指を立て、刀印を作り呪を唱えた
智也「解幻夢…」
女の子の周囲が一瞬ぼやけた後
変化が現れた
……耳がある。しかしそれは人の耳ではない。それに尻尾もある
思った通りだった
この子、人間じゃなかった
智也「これは、失礼しました。あなたはここの神様でございましたか」
先ほどから感じていたの不思議な雰囲気は神力
この子は恐らく生き神
元々姿のない神を、人間を寄り代に降ろし奉る
神を降ろされた人間は往々にして神通力の獲得
長命化など、普通の人間ではなくなる
一度だけ、私は生きながらにして神となった生き神と会った事がある
その時感じたものと同じだった
少女…じゃなかった
ちとせ様の手を離し
膝をついて無礼を詫びる
ちとせ「立って。本当は知ってたんだから。智也が来るの」
「本当は」っということは
さっきの驚いたのはわざとという事か
この神様はどうやら、イタズラ好きらしい
智也「では、ご存じかと思いますが、改めて。本日より、ここの神社の神主になるため派遣されました水無月智也です。宜しくお願い致します」
ちとせ「うん!」
さらに満面の笑みを浮かべるちとせ様
しかし、まだ疑問は残っていた
今、うやむやにして後で困るのが嫌なので
ここで、解消してしまおう
智也「ちとせ様、一つ聞きたい事があるのですが」
ちとせ「ん?」
智也「なぜ、ここにはちとせ様だけなのですか? あなた様をお守りする方を置かないのですか?」
この質問に、ちとせ様は少し間をおいた後答えてくれた
ちとせ「居たんだけどね、少し前までは」
顔に翳りを帯びながら答えた一言
私はその言葉がものすごく重く感じた
何か、知られたくない事があるのだろう
まぁ、無理に聞くのも気が引ける
ここはいつかちとせ様が自らお話ししてくれる事を待とう
ん? ちょっと待て。それでは、私はちとせ様にとって必要なのであろうか?
ちとせ「うん、必要」
智也「はい!?」
突然の事に声が裏返ってしまった
どうやら、この神様は人の心も読めるらしい
この方の前では隠し事は出来ないか
とりあえず、そのまま話を続ける事にした
智也「ちとせ様、私はどう必要ですか? 私にはよく分かりません」
ちとせ「智也は力をもってるでしょ?。だから、必要」
力というのは先ほどみせた法術であろう
まぁ、確かに陰陽の理は得ているが、ちとせ様に比べれば私などは塵のようなものだ
それにしても、さっきから分からない事だらけだ
考えれば考えるだけ疑問が湧いて出てくる
ちとせ「悩んじゃダメよ。そのうち分かるから。それより、境内、案内するからこっちにきて」
ちとせ様が、腕を組んで考え込んでいる私の手を取って中へ連れて行こうとしている
この神様の言うとおり、ここにいるうちにそのうち、分かるだろう
今は、ここになれる事が先決だ
ちとせ「そうそう」
笑みを浮かべてちとせ様が相づちを打つ
智也「あの、ちとせ様。出来れば、私の心は読まないでいただきたいなぁと」
ちとせ「善処する」
私は、『ふぅ』とため息を付きながらも、笑みを浮かべる。
それを見たちとせ様は満足そうに私を神殿内に引っ張っていく
さて、これから一体どうなる事やら
まぁ、なんにせよ、退屈しないで済みそうだ