祐一は、集中せざるを得なかった

数人の少女を引き連れ、崩れゆく屋敷を猛スピードで宙を疾走しているからだ

祐一「くっ!」

そして、今も崩れてきた柱を寸でのところでかわした

栞「────」

横脇に抱えている栞が何かを叫んでいるようだが
全く耳に入らない

今、自分の役割は引き連れている少女達を
無事にこの屋敷から脱出させることだった

Wind Of Alchemist 

〜錬金術師の風〜  
罪の償い

栞「祐一さん、お願いです! 離して下さい!!」

先ほどから、何度も祐一にそう叫んでいるが全く反応がない
抱えられている腕を振りほどこうともがくが、その度に逆にしっかりと腕が締まる

栞は先ほどの「おじさん」が心配で仕方なかった
自分を誘拐した悪い人だと言うことは分かっていたが
対峙している間に「おじさん」が本当は心の優しい人だということを感じた
優しすぎて、今回の凶行に及んだと……

そして、今、自分の犯した罪を償うために死のうとしていること

栞「卑怯です……そんなの、卑怯です」

よく昔の人は責任を取って腹を切ったという
でも、それはただの自己満足という名の逃げではないのか?
結局は他の人や生き残った人に責任をなすり付けることになるのではないのか?

それならば、生きて責任を取った方が絶対良いに決まっている

だから、栞はどうしても「おじさん」死なせたくなかった
たとえ、自分が無力であっても何かをせずにいられなかった

栞「お願い…お願いだから、離して下さい……」

いつの間にかぽろぽろと涙がこぼれていた
そんな栞に香里が声をかける

香里「大丈夫よ、栞。あのおじさんは助かるわ。だって、先生が残っているんですもの」

栞「────せ、せん…せい?」

嗚咽の混じった声で姉に聞き返す
そんな妹にありったけの笑顔で応える

香里「栞に思っていることは大体分かるわ。私もそう思ったもの───ええ、先生はきっとおじさんを助けてくれるわ。必ず…必ずね……」


























リチャード「────っ、どうして逃げなかった!?」

ここに残るのは自分1人で十分だった
これは自分でまいた種。
自分で刈り取るのが筋と思っていた
けじめを付けるのは自分だけでと思っていた

しかし……

瑞穂「だって、貴方だけじゃ、これを抑えるのだけ精一杯で解体出来ないじゃない」

リチャード「全て承知の上だ。これ以上、人に迷惑をかけるわけにはいかないからな」

瑞穂「はぁ、いつになったらその性格直るのよ。それじゃ残された人はどうするの? いい、死んでしまったら責任も何も取れないのよ?」

瑞穂もまた、栞と同じ考えの持ち主だった

リチャード「ふっ、私はもう1人だよ」

瑞穂「貴方は1人かと思っているかもしれないけど、他の人はそうは思っていないでしょう。例えば、栞ちゃんとか。あの子、しっかり貴方の優しさに気づいてるわよ」

リチャード「────!」

瑞穂「分かった? 貴方はまだ死ねないのよ。───生きなさい、生きて、あの子を守ってあげなさい。今度こそ必ず」

外見的な年齢は明らかにリチャードの方が上なのだが、言動は逆転していた

リチャード「ああ、そうだな」

瑞穂「さて、とっととこの魔法陣を解体しましょう。悪いんだけど、そのまま抑えておいてくれる?」

リチャード「どうする気だ?」

瑞穂「ん? どうするって書き換えるのよ?」

リチャード「なにぃ!」

リチャードはつい叫んでしまった
魔法陣の書き換え

起動前であれば、デッサン絵を直すが如く
間違っている場所を消して書き直せばいいのだが
起動後の魔法陣はそうはいかない

魔法陣はいわば、回路だ
                           スペル          コンタクト
本来であれば、魔法を発動させるには呪文の詠唱、対象との契約と言ったいずれかの手順が必要となるだが
それらを省くために呪文と契約を記した陣を描き魔力を通すことで発動させる
しかし、きちんと描かなかったり間違うと発動しないばかりか暴走し予期し得ない事態に陥る場合もある

それ故、魔力の通っている魔法陣を弄ることはかなりの危険が伴う
下手をすれば魔法陣に通っている魔力が膨れあがって大規模な爆発を起こす事もあるのだ

瑞穂「大丈夫、大丈夫。貴方がそのまま抑えておいてくれればそんなに難しい事じゃないから」

リチャード「……」

「難しい事じゃない────」
そんなことあるはずがない
いくら自分が全魔力を用いて魔法陣の発動を抑えてようが
一歩間違えれば、二人ともお陀仏だ

瑞穂「さてと……」

瑞穂は、腰に括り付けていた小さな皮のポーチから白墨を取り出す
そして、魔法陣になにやら書き足す
そのスピードはほぼ一瞬

今、瑞穂が描いたのは魔法陣を描き直すために消した部分から魔法陣が破綻するのを防ぐ、いわば魔力の逃げ場の陣

その逃げの陣の近くの魔法陣の一部を消していく
また、逃げの陣を描き、魔法陣を消すという作業を繰り返し行っていく

この作業、適当にやれるわけではない
きちんと手順を踏む必要がある
瑞穂は、この魔法陣を一目見ただけでその構築を解明し、理解した
だから、瑞穂にしてみれば魔法陣の柱、梁、繋ぎに至るまでを理解している

故に、瑞穂にとってこの魔法陣を「解体」することは造作でもないことなのだ


一作業終わるごとに、リチャードの負担が軽くなっていく
それは、抑えつける部分が減っていくからだ

数分後、彼は魔法陣の束縛から解放された

瑞穂「ふぅ、終わった」

リチャード「あ、ああ……」

瑞穂の足下には中央が円状にぽっかり空いた幾何学的な模様だった

そして、リチャードは初めて瑞穂のことをとんでもない奴だと認識した
自分が、この魔法陣を解明、理解するまで1年以上かかった
それを、彼女は数分で「解体」してしまった
以前一緒に居たときより、彼女はさらに能力を高めていたのだ

底の見えない、彼女にリチャードは身震いさえ覚えた


ガゴン!!


瑞穂「って、落ち着いてる場合じゃないわね。脱出するわよ!」

リチャード「お、おう!」






























祐一達はすでに屋敷の外に出て、数メートル離れた場所で二人の帰還を待っていた

栞は香里に肩を抱かれながら屋敷を見つめ、祐一は一緒に連れ出してきた少女達の具合を見ていた

栞「おじさん……」

祐一「心配するな、師匠ならもうすぐ出てくるよ。なんか、地鳴りもし始めたし…」

栞「?」

栞は祐一の言っていることがよく分からなかった
どうして、出てくることが分かるのか
それに、地鳴り…

確かに、地鳴りは始まっていた
数秒後、その地鳴りの正体が判明する

ドゴォォォン!

祐一「やっぱりそうきたか」

ひときわ大きな衝撃音と共に瑞穂とリチャードが崩壊しかけた屋敷から飛び出してきた
そして、祐一達の居る場所に近くに着地した

リチャード「ミ、ミズホ、いくら何でも無茶すぎじゃないか?」

瑞穂「仕方ないじゃない、もう退路方向が瓦礫でいっぱいだったんだから」

あの後、瑞穂はフライで脱出しようとしたのだが
すでに崩壊寸前だった屋敷は、2人のいた場所をのぞいて
瓦礫の山となっていた

そこで瑞穂は、自分の進行方向にドリル状の突風を巻き起こし瓦礫を粉砕しながら
突破してきたのだ

祐一「相変わらずですね、師匠……」

瑞穂「もう、祐くんまで。だって頭に浮かんだのがそれだったんだもの。時間も無かったし……っとリチャード、彼女が待ってるわよ?」

瑞穂に言われ、振り返るとそこには目を真っ赤に腫らした栞が佇んでいた
リチャードは栞に近づき、まっすぐに向き合う

リチャード「────すまなかった。自分がやったことが許されるとは思っちゃいない。先ほどまで、このまま死んで責任を取ろうと思っていた」

栞「……それはただの逃げです」

リチャード「ああ、そうだな。それに私の気づかないうちに私を思ってくれている者が居る。ミズホに言われたよ、『今度こそ、守ってあげなさい』と────シオリ、私は今ここに誓おう、二度と娘のような犠牲者を増やさないと。私を信頼してくれるお前やお前のような者を守るために生きると」

片膝を地につき栞を見上げ、そう自分の決意を彼女に伝えた

栞「はい!」

リチャード「だが、まず罪を償わなければなるまい」

栞から離れ、瑞穂に近づく
そして、両手を前に垂らす

瑞穂「えっと、私が見たのは行方不明になっていた少女達を救出しようとしていたリチャード・ストライドのみ。少女達を監禁していた犯人は行方不明ってことでギルドに報告書だそうと思うんだけど、どう? 祐くん」

祐一「そうですね、俺はかまいませんよ」

リチャード「ミズホ……」

瑞穂「祐くんの見立てだと、衰弱はしてるけど女の子全員、命に別状無いみたいだし。何より、手遅れになる前に止められたから別にいいかなぁってね」

ニコニコしながらリチャードにそう告げる
そして、さらに付け加える

瑞穂「あ、でも1つ条件。この町のギルドに所属して、さっきの宣誓を守り通すこと────この子達の力になってあげて……」」

リチャード「────ああ……喜んで、引き受けるとしよう」

彼も穏やかな顔でその条件を飲んだ

瑞穂「よし、それじゃあ、みんな帰りましょうか」

祐一&栞&香里「はい」

瑞穂は、全員をフライで舞い上げ、帰るべき街へ向かった

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