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4巡目の移転訓練(2000年)その特徴点を分析する

 

 <その2> 進む「外出」=宣撫工作・・・

 

 4年前(97年)、初めての移転訓練では「演習場から出ることはない」(バリル中佐)。それが、2回目(98年)では「日本国内を自由に歩く権利がある」(マーフィ大尉)と、総員390人中、2回のべ16人が「ボランティア」、280人が釧路市のさかり場で遊ぶ。3回目(99年)には、総員390人中、6回のべ86人が「ボランティア」、2日間のべ32人が「家庭訪問」、215人が「観光」「見学」と称して網走・釧路で遊興。さらに4回目(00年)は、総員200人中、5回のべ65名が「ボランティア」、5日間のべ55人が「家庭訪問」、150人が阿寒・釧路で遊んでいます。

増える「外出」(宣撫工作)
1999年(総数390人) 2000年(総数200人)
場    所 人数 場    所 人数
9月7日 老人ホーム 11人 6月3日 北方展望塔 15人
7日 いこいの森 19人 10日 別海神社 10人
15日 老健施設 10人 13日 釧路市「見学」 50人
    いこいの森 14人 14日 阿寒〜川湯バスツアー 50人
20日 釧路カトリック教会 16人 15日 阿寒〜川湯バスツアー 50人
21日 別海神社 16人      老健施設 10人
23日 道東ツアー(網走など) 85人      老人ホーム 10人
24日 釧路市「見学」 130人 16日 釧路カトリック教会 20人
上記のほか、14日と24日に
家庭訪問 各1件 のべ32人
上記のほか、13日〜17日の5日間
 家庭訪問 計6組 のべ55人

  

<その3> 更なる日米軍の一体化・・・ 

 訓練が公開された6月7日、吉野宮子別海町議の質問に対し、米海兵隊の説明者は「海兵隊が使う弾薬は演習場内の自衛隊弾薬庫にある」と述べ、弾薬庫を自衛隊と共同使用していることを明らかにしました。また、この日、着弾の様子を監視する監視塔の上部に海兵隊が、下部に自衛隊がついていることが目撃され、日米両軍の一体化が進んでいることがうかがわれました。

〜4巡目の移転訓練を分析する〜のコーナーおしまい。トップにもどる